はじめに

お陰様で当財団は発足以来、10周年を迎えることができました。
この間、実に延べ20万名の方の検査を担当させていただきました。この機会に得られました検査結果を分析し、少しでも被検者の睡眠時無呼吸症候群(SAS)への対策になればと考えました。

睡眠時無呼吸症候群とは

まず睡眠時無呼吸症候群に関して現在までにわかっていることを説明します。睡眠時無呼吸症候群は文字通り眠っている間に呼吸が停止するか、非常に弱まる状態を言います。その原因によって中枢性睡眠時無呼吸症候群と閉塞性睡眠時無呼吸症候群に分類されますが、日常、健常な方が有する睡眠時無呼吸症候群の大半は閉塞型です。これは舌の付け根あたりの気道が狭くなって生じます。具体的には舌を支える筋肉がゆるんだり、気道というトンネル構造に脂肪がついたりして、狭くなっている場合が多いです。生まれつき顎が小さいなどで気道が狭くなっていることもあります。

睡眠時無呼吸症候群の危険性

睡眠時無呼吸症候群が存在しますと、睡眠中の低酸素のため、眠っていると思っても脳も心臓もゆっくり休めていません。日中の眠気やだるさや頭痛などが主な症状です。そのためドライバーにとっても居眠り運転につながる危険性があります。重大な交通事故の原因の1/3は居眠り運転によることが判っています。また交通事故の発生は睡眠時無呼吸症候群の方はそうでない方より7倍も多いとの報告があります。さらに個人的にも睡眠時無呼吸症候群があると将来、心疾患を発生するリスクがそうで無い人より3倍も増えることが知られています。こうしたことよりご自分が睡眠時無呼吸症候群であるかどうかを知っておくことはとても大切です。

睡眠時無呼吸症候群の診断はどのようにするのでしょうか?

睡眠時無呼吸症候群の診断には現在、三種類の装置が用いられています。1つはパルスオキシメーターで指に装着して血中酸素飽和度と心拍数を調べるものです。2つ目はこれに加えて鼻腔に置く気流センサーなどで呼吸の状態も調べるものです。3つ目は終夜睡眠ポリグラフ(PSG)といいまして上記に加え、脳波や眼球の動きなど睡眠状態も調べるもので入院が必要な検査です。この順番で情報量が増えますが、当センターではこのうちの最初のパルスオキシメーターを採用しています。それは睡眠時無呼吸症候群の有無の診断自体についてはこの3種類で正確性に差がないことと、経済面も含めて被検者への負担が最も少ないからです。

この10年間の受検者について

それでは当センターのデータの概要を見てみましょう。この10年間で202,203人の方が検査を受けられました。この約20万人の被検者のうち、男性が94%を占めます。

図1.受検者の性別

業種別にはトラック関連の方が87%を占め、その他にバス、鉄道なども含まれます。

図2.受検者の業種

検査結果とその判定

以下に検査の判定結果を示します。無呼吸は10秒以上の呼吸停止と定義されています。この無呼吸や低呼吸が一時間に5回以上あると睡眠時無呼吸症候群と診断されますが、当センターは低酸素になる頻度、具体的には血中酸素飽和度が基準から3%以上降下した1時間あたりの回数(ODI3)で判定しています。A判定はODI3が1未満の正常状態を意味します。B判定はこれが5未満で正常範囲内ですが、少し無呼吸が混じる状態です。一時間に5〜15回の場合を軽症睡眠時無呼吸症候群としてC判定、15〜30回を中等症睡眠時無呼吸症候群としてD判定、さらに30回以上を重症睡眠時無呼吸症候群としてE判定としています。残念ながら充分な時間の測定ができていない場合はF判定として再検査をお願いしています。これらのうち、C判定は要注意状態で、まだ医療機関への受診は必要ありませんが、治療の必要な睡眠時無呼吸症候群の予備軍としての心構えは持っていただきたいと思います。そのため翌年の検査もお勧めしています。D判定は立派な睡眠時無呼吸症候群をお持ちと考えられます。日中の眠気や倦怠感などがあればぜひ、医療機関を受診してください。E判定は重症の睡眠時無呼吸症候群の存在が疑われ、現在、自覚症状がなくとも脳や心臓は無理をしていますので、専門医を受診されてください。

図3.検査結果の割合

このうち、要注意のD判定とE判定は図のようにそれぞれ9%と2%、合わせて11%を占めました。つまりドライバーの10人に一人は睡眠時無呼吸症候群で、40人に1人はすぐに治療が必要な睡眠時無呼吸症候群をお持ちと言えます。

年齢と睡眠時無呼吸症候群の関係

年齢との関係では40代の方が最も多く検査を受けておられますが、年齢とともにA判定あるいはB判定が減って、C判定あるいはD判定さらにはE判定が増えてくるのがわかります。これは気道の周りの筋肉は年とともに緩んでくることを反映しているためと思われます

図4.年齢と検査結果との関係。縦軸は人数を表します

図5.年齢による検査結果の割合の違い。

肥満度と睡眠時無呼吸症候群の関係

ついで肥満度との関係を調べました。肥満度は痩せ係数(BMI)で表されます。BMIは体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)で算出され、22ぐらいが理想とされ、ここでは18.5〜25を正常としました。すると正常体重の方は全体の64%を占め、それ以下の痩せ気味の方が3%、25〜30の軽度ないし中等度肥満の方は25%、30以上の高度肥満の方が6%を占めました。正常体重の方ではD判定が5%、E判定は0.7%と比較的少数でしたが、軽度〜中等度肥満の方ではこれがそれぞれ15%及び4%と睡眠時無呼吸症候群の割合が増えました。さらに高度肥満の方ではそれぞれ24%と15%と高頻度となりました。これは肥満があると気道周囲にも脂肪組織が沈着し、気道狭窄を起こしやすくしていることと関係していると思われます。一方、痩せている方でも頻度は少ないもののE判定の方がいらして、これは生まれつき顎が小さいなどの理由で気道が狭くなっているためと考えられます。

図6.肥満度と検査結果との関係。

図7.肥満度による検査結果の割合の変化。

血圧と睡眠時無呼吸症候群の関係

世界的に高血圧の診断基準は140/90mmHg以上とされています。すなわち最高血圧が140mmHg以上あるいは最低血圧が90mmHg以上のいずれかの場合は高血圧と診断されます。最高血圧との関係では140mmHg以上を高血圧としますと、16%の方が高血圧に該当しました。正常血圧の方でD判定は8.8%、E判定は2.3%でしたが、高血圧の方ではそれぞれ15.6%と5.8%で、睡眠時無呼吸症候群の頻度ならびに重症度が明らかに増加しました。

図8.最高血圧と検査結果との関係。

図9.高血圧者(最高血圧が140mmHg以上)と正常血圧者(最高血圧が140mmHg未満)における検査結果の割合。

また最小血圧で判定しても18%の方が高血圧に分類されました。正常血圧の方でD判定は8.8%、E判定は2.4%でしたが、高血圧の方ではそれぞれ14.4%と5.1%で、最高血圧で分類したときと同様に睡眠時無呼吸症候群の頻度ならびに重症度が明らかに増加しました。

図10.最低血圧と検査結果との関係

図11.高血圧者(最低血圧が90mmHg以上)と正常血圧者(最低血圧が90mmHg未満)における検査結果の割合。

ここで用いた血圧は自己申告によるもので測定条件なども統一されていませんが、高血圧の有無の診断に関しては大筋のところ正しいと考えられます。なぜ高血圧の方に睡眠時無呼吸症候群が多いのかはこのデータだけでは明らかでありませんが、1つは肥満体の方には高血圧者が多いためと考えられます。一方、睡眠時無呼吸症候群が続くと交感神経の緊張により血圧が高くなることが知られています。これらの事からどちらが原因かどちらが結果かわかりませんが、睡眠時無呼吸症候群と高血圧の間には密接な関係があることがわかりました。つまり高血圧の方は睡眠時無呼吸症候群になりやすく、また睡眠時無呼吸症候群があると血圧が高くなりやすいということです。実際、閉塞性睡眠時無呼吸症候群の方の約50%が高血圧で、一方、高血圧患者の約30%が閉塞性睡眠時無呼吸症候群を合併していることが知られています。睡眠時無呼吸症候群によって血圧が高くなることが将来の心臓病を3倍増加させる理由と考えられます。さらに重要なことは睡眠時無呼吸症候群の治療によって血圧が下がることが確かめられていることです。

睡眠時無呼吸症候群の診断の重要性

日頃の検査結果を拝見して感じることは以下の2点です。1つは検査機器に対する不満が多いことです。どうしても指にはさむことから、それが気になって熟睡出来ない方が増えることです。メーカーに改良を要望し続けているのですが、赤外線を指に貫通させる必要があり、技術的な壁があるようです。もう1つはこの検査を受けること自体に不満をお持ちの方が少なくないことです。単なる健康診断でもそういう方が多いので気持ちはよくわかります。その上、もし睡眠時無呼吸症候群と言われたら仕事にも影響するのではないかとの心配もあるでしょう。しかし睡眠時無呼吸症候群は最初に述べましたように、交通事故との関係ばかりで無く、受検者の生活の快適さが低下し、将来の心臓病や脳卒中の発症に悪影響を及ぼしますことをご自分のためとよく認識していただきたいと思います。また睡眠時無呼吸症候群はなにも不治の病気という訳ではなく、治療法の確立した疾患です。このこともご自分の状態をよく把握しておくことが大切な理由の一つです。

睡眠時無呼吸症候群はどのように治療するのでしょうか?

現在では、睡眠時無呼吸症候群は重症度に応じた治療法が簡便に利用できるようになっています。重症例には持続陽圧呼吸療法(CPAP)という持続的に陽圧をかけて気道の閉塞を生じさせないような呼吸補助装置が利用出来ます。ご自分に睡眠時無呼吸症候群があることが判明した場合は、自身の健康や仕事上の懸念を一掃できるチャンスがあるというべきでしょう。しかしCPAPを装着すると毎月、病院に通う必要が出てきます。程度の軽い方はマウスピースなどの器具を付けるだけで症状が改善することが期待できます。先に述べましたように肥満のある方は痩せることで睡眠時無呼吸症候群は軽快する可能性が高いことも認識しておきましょう。私共はD判定で眠気などの症状がおありの方、ならびにE判定の方は全員、専門医療機関を受診していただきたいと考えています。当センターからの紹介状を持って医療機関を受診していただいた場合は医師からの受診報告が必ず届きます。それによりますともう少し受診率が増えるよう我々のさらなる努力やご自身の自覚が必要と感じています。